松江地方裁判所 昭和35年(行)2号 判決 1966年11月09日
松江市灘町九七
原告
勝部喜次郎
右訴訟代理人弁護士
片山義雄
同市中原町
被告
松江税務署長
尾崎徳蔵
右指定代理人検事
村重慶一
同
法務事務官 岡本常雄
同
大蔵事務官 石田金之助
同
大蔵事務官 吉富正輝
主文
被告が昭和三三年九月三日付をもつてなした原告の昭和三二年度分所得税について総所得金額を六、九五七、五八四円(審査決定により六、八六六、七七四円に減額)とする更正処分のうち六、七一八、八九四円を超える部分を取消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担として、その余を原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
原告
一、被告が昭和三三年九月三日付をもつてなした原告の昭和三二年度分所得税について、総所得金額を六、九五七、五八四円(但し一部取消の審査決定により六、八六六、七七四円に減額)とする更正処分のうち、四、〇一五、七七四円を超える部分を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
被告
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者間に争いのない事実
一、原告は昭和三三年三月、被告松江税務署長に対し、原告の昭和三二年度分所得税について、総所得金額を二、一九一、五八四円(不動産所得一〇五、六〇〇円、事業所得二、〇〇〇、〇〇〇円給与所得八五、九八四円)とする確定申告をしたところ被告は同年九月三日付で総所得金額を六、九五七、五八四円(事業所得六、七六六、〇〇〇円、不動産所得、給与所得は確定申告額のとおり)とする更正処分をした。そこで原告は同年九月一七日被告に対し再調査請求をしたが、同三四年七月二五日付で棄却され、さらに同年八月四日広島国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は同三五年八月一三日付で総所得金額を六、八六六、七七四円(事業所得六、六七五、一九〇円、不動産所得、給与所得は確定申告額のとおり)として一部取消の審査決定をした。
二、右審査決定における原告の事業所得六、六七五、一九〇円は次のとおり原告の昭和三二年度期首(昭和三二年一月一日)および期末(昭和三二年一二月三一日)の資産<1>、負債<2>から算出した純資産増加額<3>に、公租公課、生活費<4>を加算し、さらにこれから給料、不動産収入(家賃)、配当<5>を減算して算出したものである。
<1> 資産の部
<省略>
<2> 負債の部
<省略>
<3> 純資産増加額(<1>-<2>) 五、七八八、七三九円
<4> 加算額
諸税 七七一、四三〇円
生計費 四八〇、〇〇〇円(原告申立額)
<5> 減算額
給料 一九七、九九一円
不動産収入 一二九、六〇〇円
配当 三七、三八八円
<6> 差引事業所得(<3>+<4>-<5>) 六、六七五、一九〇円
右<1>資産の部、貸付金の期首、期末各金額、差引増減額の明細は別紙貸付金明細表記載のとおりである。
第三原告の主張
一 前記審査決定における原告の事業所得の算定は次の点で誤まつている。
1 資産の部につき、期首に存在した現金項目五〇〇、〇〇〇円が計上されていない。
2 同貸付金項目につき、期首に存在した
(イ) 石橋房吉に対する貸付金四〇〇、〇〇〇円
(ロ) 今井原徳太郎に対する貸付金二〇〇、〇〇〇円
(ハ) 井戸内孝に対する貸付金三五〇、〇〇〇円
が計上されていない。
3 同貸付金項目につき、期末に不存在の
(イ) 佐野伊佐美に対する貸付金一五一、〇〇〇円(免除により消滅したもの)
(ロ) 大和ブロツク有限会社に対する貸付金三〇〇、〇〇〇円(実在しないもの)
(ハ) 森脇鉄工所に対する貸付金九五〇、〇〇〇円(実在しないもの)
を存在したものとして計上している。
二 そのため、右審査決定における純資産増加額の計算は二、八五一、〇〇〇円過大に計上したことになる。従つて同年度の原告の事業所得は審査決定における六、六七五、一九〇円から右二、八五一、〇〇〇円を減じた三、八二四、一九〇円であり、同年度の原告の総所得金額は四、〇一五、七七四円である。
三 よつて、被告のなした処分のうち、四、〇一五、七七四円を超過する部分は違法であるから原告はその取消を求める。
四 被告の後記主張のうち、二、1同2(ハ)は争う。
第四被告の主張
一 被告が原告に対してなした事業所得金額算出の根拠は次のとおりである。
原告は金融業を営むところ、金融営業関係帳簿として貸付金の一部を記載した貸付簿を備えていただけで営業の実態を明らかにする帳簿を作成しておらず、しかも山陰合同銀行朝日町支店に架空人である勝山忠直名義の預金口座を設け、一〇万円以上の大口の現金出入れ(入金四二回合計一五、八七一、〇〇〇円、出金二七回合計一四、九九三、三五五円)をしているのにその出所と使途を明らかにしなかつたので、原告の帳簿を基礎とした収支計算によつてその事業所得を算出することができなかつた。
そこで被告は資産増減の方法(所得税法四五条三項)によつて原告の事業所得を第二記載のとおり推計した。
二 しかしながら、第二、二記載<1>資産の部は次のように追加変更されるべきである。
1 現金項目について
期首金額二三〇、四〇〇円、期末金額一、〇八三、三二〇円、差引増減額増八五二、九二〇円を追加する。
右期首金額は次表のとおり、昭和三一年一二月三一日の原告の入金、出金から二三〇、四〇〇円と算出した。
入金の部 出金の部
<省略>
また期末金額は次表のとおり昭和三二年一二月三一日の原告の入金、出金から一、〇八三、三二〇円と算出した。
入金の部 出金の部
<省略>
2 貸付金項目について
期首金額三、七〇九、一三五円、期末金額六、七六六、一二〇円、差引増加三、〇五六、九八五円と訂正する。
すなわち
(イ) 原告主張(一、2、(イ))の石橋房吉に対する貸付金四〇〇、〇〇〇円が期首に存在したことは認める。
(ロ) 期首において、今井原徳太郎に対する貸付金五〇、〇〇〇円(原告主張の一、2、(ロ)とは別口のもの)が存在することが判明した。
(ハ) 期末において、森脇鉄工所に対して前記貸付金九五〇、〇〇〇円の外、別の貸付金一五〇、〇〇〇円の存在することが判明した。
三 右の追加訂正により、前記第二、二<3>純資産増加額は六、三四一、六五九円となり、同<6>差引事業所得は七、二二八、一一〇円となる。
四 従つて、原告の昭和三二年度の総所得金額は、右事業所得七、二二八、一一〇円、不動産所得一〇五、六〇〇円、給与所得八五、九八四円の合計七、四一九、六九四円であり、前記審査決定による総所得金額六、八六六、七七四円を超えるから、被告のなした更正処分は右審査決定により維持された限度において適法である。
五1 原告の主張一、1について、被告は前記更正処分をするに際し、原告の期首、期末の現金手持額はいずれも五〇〇、〇〇〇円と認定した。従つて、正味資産の増加額をもつて所得金額を算定する計算方法上その簡略をはかるため、資産の部に現金項目を設けなかつた。しかしながら、右現金項目については前記二、1記載のとおり変更されるべきである。
2 原告の主張一、2(ロ)、(ハ)および同3(イ)、(ロ)、(ハ)は否認する。
第五立証
一 書証
1 原告は甲第一号証、第二号証、第三号証の一ないし一六、第四号証を提出し、被告は甲号各証の成立を認めた。
2 被告は次表のとおり乙号各証を提出し、これに対し原告は次表のとおり認否した。
<省略>
二 人証
1 原告は証人佐野伊佐美、同北野哲也、同森脇粂市、同井戸内正、同川島努(第二回)の各証言ならびに原告本人尋問の結果を援用した。
2 被告は証人杉原武男、同加藤敏雄、同川島努(第一回)、同多久和定吉、同高橋正祐、同三宅正行、同米沢久雄、同中本兼三、同森脇粂市の各証言を援用した。
理由
一 被告の更正処分(事業所得の認定)が違法かどうか判断する。
(1) 証人高橋正祐の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は金融業を営むところ、昭和三二年度における収入および支出を明らかにする帳簿又は書類は極めて不完全にしか整理しておらず、僅かに、貸付金の一部を記載する貸付簿の他二、三の書類があるに過ぎず、且つ、原告は勝山忠直名義で山陰合同銀行朝日町支店に、勝部誠純名義で富士銀行松江支店にそれぞれ預金口座を持ち、銀行取引を重ねているのに、税務官吏の調査に際して金員の出所、使途を明らかにせず、これを探知するに足る証憑書類すら存在しなかつたことが認められる。してみると、同年度分の原告の事業所得金額を直接資料によつて算出することはできないから、被告が資産増減の方法により原告の所得金額を推計したのは適法である。
(2) 現金項目についての判断
(イ) 期首における原告の現金所有高
全証拠によるも、昭和三二年度期首における原告の現金所有高が五〇万円であつたとは認め難い(証人高橋正祐の証言によると、原告は税務官吏の調査に際して、常時五〇万円位の現金を備えている旨申立てたことが認められるが、その真実性を立証するに足る証憑書類はない)。
よつて、原告の期首における現金所有高は前年度末日における入金、出金の差額をもつて推計するのほかない(同期末についても同日における入金、出金の差額をもつて原告の現金所有高とする)。
成立に争いない乙第三号証の四、第一〇号証の二、三、第一二号証の一、二によると、昭和三一年一二月三一日における原告の入金状況は次のとおり認められる。
<省略>
而して原告の生活費が年額四八万円であることは当事者間に争いなく、その日額が一、三〇〇円となることは計数上明らかである。よつて、同日他に原告が出金したと認めるに足る証拠はないから、同日における原告の現金所有高は右二三一、七〇〇円から一、三〇〇円を減じた二三〇、四〇〇円というべきである。
(ロ) 期末における原告の現金所有高
成立に争いない乙第七号証の二、三、第八号証、第一〇号証の三、第一一号証、第二六号証の二、その方式により真正に成立したものと認める乙第一三号証の三によると、昭和三二年一二月三一日における原告の入金、出金状況は次のとおり認められる。
入金の部 出金の部
<省略>
よつて期末における原告の現金所有高は八八三、五二〇円である。
(なお、被告主張の今井原徳太郎からの二〇万円の入金について、成立に争いない乙第一号証、第二号証によると、右今井原は昭和三二年九月頃、原告から二〇万円を借受けたが同年一二月二八日その所有にかかる不動産を他へ売却し、同日収受した手附金の一部をもつて、その頃、原告への返済に当てたものと認められるところ、右返済の日が同年一二月三一日と認めるに足る証拠はないから、被告の右主張は採用しない。)
(ハ) よつて、昭和三二年度の原告の現金増加額は六五三、一二〇円である。
(3) 期首における貸付金についての判断
(イ) 原告が期首において、石橋房吉に対し四〇万円の、今井原徳太郎に対し五万円の各貸付金を有していたことは当事者間に争いない。
(ロ) 原告の主張一、2(ロ)について、前記(2)の(ロ)において認定したとおり、今井原徳太郎が原告から金二〇万円を借入れたのは昭和三二年九月頃である。従つて、原告は期首において、右(イ)に記載したほか今井原に対して貸付金は有していなかつたというべきである。
(ハ) 原告の主張一、2(ハ)について、成立に争いない甲第四号証、証人井戸内正の証言によると、井戸内孝は昭和二八年五月二九日、期限を同年六月一二日として、原告から三五万円を借入れ、利息は支払つていたが、元本の返済は遅れ、同三二年当初にはいまだ元本は全額残存しており、その後同年中に元利併せて三六、七万円を支払つたことが認められる。右事実によれば原告は期首において、井戸内孝に対し三五〇、〇〇〇円の貸付金を有していたというべきである。
(4) 期末における貸付金についての判断
(イ) 原告の主張一、3、(イ)について、原告が期首において、佐野伊佐美に対して一六〇、〇〇〇円の貸付金を有していたことは当事者間に争いない。しかしながら、証人佐野伊佐美の証言原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和三二年に至り佐野伊佐美経営の食料品店の営業が著しく不振となり、同年四月僅かに九、〇〇〇円の返済を受けたのみで、同人が右借入金返済のため原告に対し振出した手形金の支払も受けられないので、事実上取立不能な貸金を帳簿に計上していても徒らに課税対象になるばかりだから、これを放棄しようと考え、同年中に司法書士津村某の事務所において、右佐野に対し前記貸付残金一五一、〇〇〇円の返済を免除する旨の意思表示をなしたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
右事実によれば原告は期末において、佐野伊佐美に対し貸付金は有していなかつたというべきである。
(ロ) 原告の主張一、3、(ロ)について、成立に争いない乙第四号証の一、三その方式により真正に成立したものと認める乙第五号証の四、六、七、八、九を総合すると、大和ブロツク有限会社は昭和三二年一二月三一日、原告から三〇万円を借入れ、利息として同三三年二月一九日四、八〇〇円、八、四〇〇円、同年三月二〇日、四月一日に各九、三〇〇円、四月二一日六、三〇〇円、五月七日二、七〇〇円を、元本は同三三年四月二一日、五月二日、五月七日の三回に分け各支払返済していることが認められる(右認定に反する証人北野哲也の証言、原告本人尋問の結果は信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない)。右事実によると原告は期末において、大和ブロツク有限会社に対し三〇〇、〇〇〇円の貸付金を有していたというべきである。
(ハ) 原告主張一、3、(ハ)被告主張二、2、(ハ)について
成立に争いない乙第六号証の一、第二一号証、第二二号証、証人川島努(第一、二回)同杉原武男、同高橋正祐、同三宅正行、同米沢久雄の各証言を総合すると、森脇鉄工所は銀行から融資を受ける場合、個人業者より高利の金融を受けていることが判明すると不都合であるとの配慮から、原告からの金員借入れならびにその返済は帳簿上<カ>をもつて表示していたことが認められる(証人森脇粂市、同加藤敏雄は<カ>は原告のみを表示するものではないと供述するが信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。ちなみに、後記支払利息表aによると、初回利息支払先のみ原告となつており、残余は全て<カ>で表示されているが、同表で明らかなとおり、各利息金額ならびに各利息発生期間の連続していること(重複している部分もある)からみてこれが同一元本に対するものであることは明白で、してみると<カ>が原告を表示することは疑ない)。右事実に基いて、森脇鉄工所の関係帳簿類を検討するに、その方式により真正に成立したものと認める乙第一四号証の三、第一五号証の二ないし五、第一六号証の二ないし四、第一七号証の二ないし六、第一八号証の二ないし六、第一九号証の二ないし五を総合すると、森脇鉄工所は次の利息支払表a、b、c、d記載のとおり原告に対して利息金を支払つていることが認められる(右認定に反する証人森脇粂市の証言、原告本人尋問の結果は信用できない。
利息支払表a
<省略>
同b
<省略>
同c
<省略>
同d
<省略>
(右表において昭和年月日は省略した)
註1 乙第一四号証の三によると、同日森脇鉄工所は原告に対し、本件利息を含んだ一一、七〇八円を支払つている。
註2 乙第一九号証の五には利息発生期間は明記されていないが、その金額支払日からみて、昭和三二年九月二六日から同年一〇月一〇日までの利息として算定されたものと考えられる。
註3 乙第一四号証の三には利息発生期間は明記されていないが、その金額、支払日からみて昭和三二年一二月五日から同月一九日までの利息として算定されたものと考えられる。
右各表によると期末において、原告が森脇鉄工所に対し、三五万円一口、三〇万円二口、一五万円一口の各貸付金を有していたことは明らかである。
(5) 以上の事実によれば事実摘示第二記載の審査決定における原告の資産表(第二の<1>)の現金項目、貸付金項目は次のように訂正されねばならない。
<省略>
よつて、第二記載の方法により、原告の昭和三二年度事業所得金額を算定すると、六、五二七、三一〇円となり、同年度の原告の総所得金額は六、七一八、八九四円と推算される。
二、以上によつてみるに、原告の昭和三二年度における総所得金額を六、九五七、五八四円(審査決定により六、八六六、七七四円に減額された)とする被告の更正処分は右六、七一八、八九四円を超える範囲において違法であるから、右限度において原告の請求を認容すべく、その余は棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 広瀬友信 裁判官 加藤光康 裁判官 蒲原範明)
貸付金明細表
<省略>